★★★★☆
気づかないうちにそんな状況に陥っているかもしれない。というか、たぶん陥っている。
読書から何を得るか、何を学ぶか、というのはただ読んだらいいというものではなくて、能動的にその本を咀嚼して批判検討して自分なりの思索をめぐらさないといけない。読書はあくまで思索のきっかけや手助けであって、読んで即自分の思考が出来上がるわけではない。読んだだけなら、著者の考えを無批判に受け入れてしまってかえって思索には有害になってしまう。
そういうことって普段からわかっているつもりなのに、ついつい読んだだけで満足してしまうことが多い。書いてあることを、へー、そうなんだとそのまま受け入れたうえ、ただその受け売りしているだけなのに自分の考えのように勘違いしてしまう。その先がない。
よほど意識を高くして読まないとそいういう落とし穴にはまってしまうんじゃないだろうか。本が好きでそれなりに読んでいるけれど、振り返って考えてみればそこまでの意識の高さはなかったように思う。
【メモ】
・自分の思想という物を所有したくなければ、そのもっとも安全確実な路は暇を見つけ次第、ただちに本を手にすることである。
・読書に勤しむ限り、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない。そのため時にはぼんやりと時間をつぶすことがあっても、ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、しだいに自分でものを考える力を失って行く。
4/25/2009
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