6/04/2009

前提をそろえる

昨日の日経の「大機小機」で「米国企業のガバナンスの弱点」という論考が掲載されていました。

要約するとこんな感じで、米国型のガバナンスを批判した内容。
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金融危機の原因である過大な報酬に歯止めがきかなかったのは、取締役会で役員の報酬を決定できる米国型ガバナンスの仕組みによる。

一方、日本型の仕組みなら株主総会決議で役員の報酬総額が決定され過大な報酬を防止できる。

だが、米国型を手本にして導入された委員会設置会社は取締役会で報酬が決定される。過半数の社外取締役が必要であるが、牽制能力のない人物が選任されてガバナンスは適切に機能せず導入は失敗である。
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過大な報酬と金融危機の結びつけは安易すぎるだろーとか、日本のガバナンスに批判があったから委員会設置会社が導入されたんでしょ、とか、突っ込みどころはいろいろあるけど、その中でも株主総会のガバナンス機能についての記述はひどい。米国型と日本型とで前提からして異なっていて論理的に破たんしてしまっています。


日本型では、取締役の報酬を株主総会で決定できるから過大な報酬に歯止めがかかる、としています。株主総会のガバナンスが有効に機能するから大丈夫、と言っているわけですね。

一方、米国型を手本に導入した委員会設置会社は、社外取締役が報酬委員会の過半数を占めることでお手盛りを防止することになっているけれど、社長の飲み友達が社外取締役に就任したりで制度が期待するガバナンス機能を果たせないよ、と批判しています。

でも、その社外取締役を選任するのは株主総会。有効なガバナンスが期待できない人物が選任されてしまうのは、株主総会によるガバナンスが機能してないということに他なりません。

つまり、日本型ガバナンスの説明をするときは株主総会のガバナンス機能の有効性を前提にロジックを組み上げているのに、米国型を論じるときはガバナンスが有効に機能しないことを前提にして話を進めているわけで、ダブルスタンダードになっている。これではフェアではないし初めから結論が見えています。

二つのものを比較するときは条件をそろえないといけない、というのは小学校の理科でも習ったと思うんだけどね。

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