2/26/2009

【本】ポトスライムの舟 津村記久子

電車の中吊り広告のコピーは「派遣時代の文学」とかそんなだった。確かに、仕事が話の大半を占めているし、主人公は契約社員で給与も普通の水準よりもかなり安い。いまの社会状況となんとなくリンクしていそうで、売り文句としてはとてもいいかもしれない。でも、非世紀労働者の過酷な状況を告白する話でも、そんな大変な状況でもがんばっていますという話でもないと思う。そういったいまっぽい話として読むことも出来なくはないだろうけれど、そんなのではぜんぜん面白くないだろうと思う。

どちらかといえば、現代人の生き方の話か、生き方の模索の話、といったほうがしっくりくる内容だと思う。仕事は生活の大半を占めるから当然に仕事の話は多くなるけれど、それだった数多くある変数の一つに過ぎない。制御できない変数は多くても、本人の意思で選択可能な変数も実は多い。その変数のひとつひとつを選択しながら人が生きて、何を選択するかは人それぞれ違うから人生も変わってくる。かつては仲の良かった友人でも時が経つにつれて大きく隔たってしまうのは、選択の積み重ねの結果と言っていいかもしれない。

軽やかに選択している人もいれば、いろいろな状況に縛られ固執したままに選択をする人もいるだろうし、何を選択したらわからないまま選択がそこにあることもわからないまま選択を強いられる人もいる。もしかしたら、軽やかに選択しているように見えても、実はどこかでぎりぎりの選択をしているのかもしれない。

だから、選択肢も、選んだ答えも、その結果も、人はそれぞれ大きく違って隔たっているけれど、それぞれ選択して生きているんだよね、というところだけはみんな等しく一緒。そういう、違いや隔たりへの実感と、根っこの共感を同時に意識させられたような気がして、それが新鮮だった。

2/17/2009

神楽坂さんぽ

仕事をさぼって神楽坂へ行く。ここを舞台にしたドラマ「拝啓、父上様」に感動して以来、神楽坂は一度歩いてみたい街だった。

総武線を飯田橋で降りて西口を出ると、正面はすぐに外堀で、堀に沿ってカナルカフェが。ドラマではここで二宮和也ち黒木メイサが再会してラストを迎えるんだった。店はなくなり人々は散り散りになり決して大団円ではなかったのだけど、この瞬間だけはそんなことどうでもよくなるようで大好きなシーンだ。

ドラマにゆかりの景色に興奮しながら神楽坂通りを歩いてくと、前方に人だかりができている。づくと、輪の中心ではふんどし一丁の男たちが唱名のようなものを唱えているのが見える。みんな髪はぼさぼさでひげも伸び放題。そして桶を持ち上げると一斉に水をかぶる。かぶるたびに観衆はおおーっとどよめく。見ているだけで凍えそうな気分になる。
どうやらここはここは善国寺というお寺で、荒行を終えた僧侶たちが寺に戻り最後のお浄めをするところにちょうど通りかかったようだ。こういうものに立ち会えるというのは運がいい。そういえば、ここもドラマに登場してたっけ。

そこから先はほとんど食べ歩きの旅。二葉のばらちらしでお腹を満たし、マンヂウカフェのマンヂウとホットワインと降り注ぐ日差しで暖まり、五十番の肉まんと紀の善の抹茶と梅花亭のお菓子を土産にする。それでもまだまだ行きたいお店食べたい食べ物が山積み。さすが神楽坂、一度で満足はさせてくれない。これからも通うことになりそうです。

(写真はそのうちアップ。)

2/16/2009

モノポリー

生まれて初めてモノポリーをやってみたんだけど、これはおもしろい。サイコロで運命が決まる人生ゲームのようなものを想像していたのだがぜんぜんちがった。確かにサイコロで進む先は決まるけれどそれはゲームの趨勢を左右する要素としてはごく小さい。進んだ先でどんな戦略でどんな意思決定を行うかが勝敗を分ける。綿密な戦略とちょっとの運のバランスが本当に絶妙。それにルールの自由度も高くて、ローカルルールの作りによってはまたぜんぜん違うゲームになりそう。

2、3回ゲームをやってみたところ、資産を抵当に入れてでも資金を調達してどんどんビルを建てていくことが勝利への近道かなという印象。短期間でビルを集中的にたてることで、収益性が加速度的にあがっていく。もちろんリスクはあって、資金繰りに失敗すれば一気に状況が悪化する。
これって意外と現実の経済と似ているように思う。債務を膨らませて目一杯資金を運用することで少ない元手で効率的に稼ぐというのは常道。でも債務を膨らませる分だけリスクも取ることになる、と。
違うのは、資金繰りが悪化した時の厳しさは現実のほうがはるかに激しいこと。担保価値が急落すれば金融機関に追加の担保差し入れが要求されたり資金回収に動き出されたりと、一瞬で首が回らなくなる。そうなったらもう、本当に坂道を転がり落ちるように転落していく。それがバブル崩壊だったり最近の金融危機だったりするんだろう。思わぬところで現実経済を実感させられた。

ロングセラーにはロングセラーになるだけの理由があるんだなあとと。どうしていままでやらなかったんだろう。

【2/17の勉強】
◯英語
ESL Podcast listening
Total 0.35

【2/11の勉強】
◯USCPA
Accounting 問題集
Total 1.0H

【2/10の勉強】
◯USCPA
Accounting 問題集
Total 1.0H

【2/9の勉強】
◯USCPA
Accounting 問題集
Total 1.0H

2/15/2009

【映画】ピアノの森

貧乏くさい絵柄、下手な声優、リズム感のない演出、拙い脚本…という感じで、たぶん普通だったらあまり面白い作品になるようには思えない。だけどどうした悪いとこりばかりなのにそれなりに面白く見れてしまった。

たぶん原作の良さのおかげだと思う。原作を読んだことはないのだけど、それでもこの映画をみると原作が良い作品だってことがなぜかわかる。原作の良さがそのまま映画の良さになっている。素材を活かすことは全然できていないのに、素材の良さを削ぐこともしてないという微妙なバランスで成立しているように思う。

素材の素性の良さをこんなに意識させられた作品は初めてかもしれない。こういう映画もあるんだなあとょっと感心。

2/14/2009

【本】新しい広告 嶋村和恵

構成的にも内容的にも散漫で、通読しても広告についての体系的な理解は難しそう。電通の発行だけあって実際の広告画像が掲載されているところは他の教科書にない特徴なんだけど、それと理論とに溝があってうまく連携できていないように思う。説明は全方位的に一通りそろっていているから、先生がこれをベースに授業を進めていくという形だったら使えるように思うんだけど。

それには、たいした海外の基盤を持たないで日本ローカルな電通が世界最大級の規模で存在しているというのは、日本がいかに特殊な市場なのかをよく示していると思う。日本が特殊だということ自体がおかしいとは言えないにしても、限られた市場に不釣り合いなサイズの企業が成立できているということは、やっぱり市場の効率性がうまいこといってないってことなんじゃないかと思う。

2/10/2009

【本】CODE VERSION 2.0 ローレンス・レッシグ

「インターネットと法」というようなジャンルになるのだろうけれど、これはそういう狭い範囲の話ではぜんぜんない。たしかに全編にわたってネットの事例が沢山出てくるし、プライバシーとか著作権とかの話もある。でも、ネットは考えられるべき話の発端なんだと思う。

ネットやIT技術の進展は規制の実現可能性を高めるし、そうした技術の総体としてのアーキテクチャ自体が規制そのものとして参加者をコントロールしていく。それは、従来のコスト的にも技術的にも穴だらけの回避可能な規制ではなくて、回避がほとんど不可能ないわば法の完全執行が実現される世の中を作りだしうる。

そして、そんな完全執行が実現したとき、法は立法者がその法に託した状況を実現できるのかといえばそんなことはないだろう。たぶん過剰な規制が実現されてしまうんじゃないだろうか。法がそうした技術を想定していなかった、という運用上の不備なんかのレベルじゃなくて、法の考え方や体系まで考えなくてはならないようなものになりかねない。

だからこそ、法や制度、規範をどう考え直すのか、そこからどんな選択をしていくのか、が問われるはず。そして、それはとりもなおさず自分たちの社会だどうあるべきかが問われることなんだろう。

2/07/2009

文化庁メディア芸術祭

国立新美術館で開催中の文化庁メディア芸術祭へ。メディア芸術祭は、すばらしい作品がちゃんと選ばれるのでいつも楽しみにしている。アニメ部門やマンガ部門はほんとにはずれがなくてどれを観ても読んでも面白い。

会場には大賞受賞作から推薦作品まで展示されていて結構な量があって、そのどれもが実際に触って体験することができた。とくにアート部門とかエンターテイメント部門は会場以外で触れる機会があまりないのでみんな一生懸命さわっていた。映像や写真で見るのと実物を見るのとでは印象が異なるように、実際に作品に触れるとなればそこから受けるものは全く違う。視覚情報だけじゃなく他の感覚も巻き込むことでいろんな感覚が生じるんだと思う。

いちばん面白かったのは岡崎真理子の「東京コンポジション」。ごく普通の風景写真と、そこから特定の部分のシルエットだけを抜き出した白黒イラストとを並べた静止画作品。例えば駐輪場の写真だったら、バイクのミラーとナンバーのシルエットだけを抜き出して画面に配置する。形も配置も元も写真に同じように含まれているのに、特定の部分だけを強調することで新しい認識が生まれてくる。人が普段どれだけ物事の認識をフレーミングしているのか、そのフレーミングの仕方を変えるだけでどれだけものの見え方が変わるか。その新しい感覚がとても新鮮。簡単な画像処理でこんなにいろんなことが見えてくるんだと関心した。

それにしても、大賞のTENORI-ON、ほしいなあ。12万は高い…

2/05/2009

【本】オンディーヌ ジャン・ジロドゥ

裏表紙の説明文には「究極の愛」とあった。異種婚姻譚という物語のパターン自体が究極の愛と結びつきやすいと思うけど、その中でも確かに「究極の愛」と呼ぶのにふさわしい作品だった。


あまりに純粋で偉大すぎる魂とあまりに卑小な魂とが惹かれあってしまったことがそもそもの悲劇の始まりなんだろう。


でも卑小な魂といっても、それは人として普通にもつ魂。人としてまともであるがゆえに、水の精オンディーヌの魂には及ぶべくもなく卑小なんだと思う。だから、オンディーヌが愛したハンスは、日と一般にまで拡大できて、人それ自体がいかに卑小なものなのかを思い知らされる。


そして、一方の純粋で偉大な魂は、決して神のような絶対的な存在ではなく、どこまでも澄み切った一人の女性として描かれる。悩み怒り悲しむとオンディーヌの言動自体は普通の人とそう変わらないはずなのに、どこまでも純粋さも偉大さも失わないで、かえってくっきりと際立っているように思う。


この越えられないくらいに激しい落差が必然的に悲劇を生むし、だからこそ究極の愛なんだろうなあ、とぼんやり思う。


かなり昔にエッセイか何かでラストシーンが紹介されていて、それ以来読みたい本の一つにずっとなっていた。でも一冊4500円のジロドゥ戯曲全集しかなくてなかなか手が出せないでいた。光文社古典新訳文庫のおかげで、こういう作品がとても手にしやすくなったと思う。「カラマーゾフの兄弟」のように他社でも出ている作品ではなくて、他では手に入らない隠れた名作をどんどん出していってほしい。

新聞を読むためのリテラシー

診断士見習のnikkei読みさんからリンクいただきました。日経新聞の信頼性への疑問を書いたブログの一つとしての紹介。

エントリーは、去年10月時価会計凍結の記事について。新たな取材もせずに既報をつなぎ合わせただけの情報で、内容もほどんど誤報か捏造かというくらいに誤っていた。そういう記事が一面トップ記事として配信されてしまうのはさすがにだめなんじゃないか、ということ。

今回の記事だけでなく、日経を読んでいると誤報や誤解に基づく記事はちょこちょこ見かける。ソフトバンクとアップルが携帯を共同開発、なんて一面での大誤報は有名。これはネットの噂を裏付けもなく報道したというので強く批判されていた(実は開発していて報道のせいで流れたという噂もあるけど…)。

大きなものでなくても、それなりに知識の必要な会計とIT関連がとくに弱い。GCAとサヴィアンの統合を”日本企業初の三角合併”と報道したのは、会計知識がないために会社のプレスリリースを理解できなかった結果だし(NIKKEI netではしれっと修正されていた)、IT関連は用語説明の段階で誤ることもある。

朝日や毎日のような他の新聞だと会計やIT関係の記事はそもそも書かれないことが多いから、報道してくれるだけ日経はましなのかもしれない。とはいえ、他に比較できるものがないぶん、日経が誤報や間違いを配信するのは影響の大きさを考えても問題だろう。

そういうことを知った上で記事を読むのか、ただ読むのかとでは、記事から得られることは全く違う。記事の信頼性や記事の外側にあるものを認識するためにも、リテラシーは本当に必要なものだと思う。


ちなみに、私のエントリー以外にもうひとつリンクを貼られているのだけど、そちらについては私の意見はちょっと違う。未決の事項をあたかも既決かのように報道するのはどうか、という指摘なのだけど、記事の内容自体は正しいし、既決と未決の書きわけもできている。文章の書き方に注意を払って読むことができれば間違うことのない記事のように思う。これも記事からどれだけ読み取れるかリテラシーが問われるのかもしれない。


【2/5の勉強】
◯英語
ESL Podcast listening
Total 0.35H

【2/4の勉強】
◯英語
ESL Podcast listening
Total 0.35H

2/04/2009

【本】 虚構—堀江と私とライブドア 宮内亮治

ブックオフに安く置いてあったので手に取ってみた。読むべき時期は逸したような感じもするけど、今みたいに経済全体が委縮しているときに改めて振り返って見るのもいいかもしれない。


著者自身が、逮捕・起訴された側でしかもホリエモンとも対立する側ということで、内容は全体的に自己弁護やホリエモンやマスコミ対する批判が多い。そのあたりは割り引く必要があるけれど、数少ない当事者側の記録だし、当時の内部の雰囲気がよく出ている。書かれている事実にしても、(冷静に分析された)いろいろな報道とも概ね整合していて、正直に書こうとしているように思う。


虚業、拝金主義、時代のあだ花といってたたくのは簡単だし気持ちがいい。でも、個人的にはライブドアは虚業でもただの拝金主義でもなかったように思う。IT企業としてみてもよいサービスを多く持っていたし、ファイナンスの技術も高かった。経営陣を筆頭に、優秀な人たちが最大限の努力で仕事をしていたんだろう。倫理的に批判されることは覚悟していただろうし、綱渡りをしているという自覚もあっただろうけれど、法を犯して逮捕されるようなことをしているとは考えてもいなかったんじゃないか。制度の範囲内で最大速度で突っ走っていたつもりだったんだろう。そうした全力疾走が嫉妬ややっかみ、反発なんかを生んでいき、最終的に司法の標的にされてしまった。そんな状況なんだろうと思う。

ライブドア自体は、時代の最先端をいく企業としてもてはやされたあとすっかり転落してしまったし宮内氏や堀江氏はいまや犯罪者。だけど、だからといって、やっぱりああいうのはだめなんだ、と切り捨てることはできないし、ビジネス、会社、経営のありかたといったことに対して彼らが投げかけた疑問はまだまだ考えなくてはいけない。そう考えると、経営、制度、経済、司法、倫理、報道とあらゆる面から本当に日本のビジネスをとりまく問題を浮き彫りにした事件だったのだと思う。

2/03/2009

【本】その数学が戦略を決める イアン・エアーズ

”絶対計算”が生活におよぼしている役割や影響をやさしく解説してくれている。”絶対計算”というのは、大量の情報を統計的な手法で分析しものごとを予想したりすること、という感じ。絶対計算がどこで役に立っているのか、絶対計算の登場で専門家の役割はどうなるのか、絶対計算のための初歩的な統計知識など、それぞれ豊富で身近な例示で書かれていて一気に読める。




絶対計算の台頭はそのまま情報技術の進展と足並みをそろえているように思う。処理能力の上がったコンピュータ、大量にデータを保存できるストレージ、大量のデータを容易に入手できる環境、そういったものがここ十数年で一気に花開いて研究が加速したんだろう。


そうした進展の一方で、データやコンピュータの出した結果でものごとを判断する、ということに人は拒否反応を示すことも多い。専門家による経験や勘といったやわらかく人間味があるものの対極として、固く冷たい印象があるんだろう。もしかしたら、人ならざる者に判断を頼ることは、絶対的な監視社会や機械による人間支配、なんて昔のSFのようなイメージも想起させるのかもしれない。


でも、絶対計算であっても関連するデータを与えてあげるのは人間でありそこには多くの経験や判断が介在するし、それに、データを計算することはコンピュータにできても価値判断はいまのところ人間にしかできない。人間が絶対計算をどう使うかというところに帰結するのであって、それは他のあらゆる道具とかわらないはずと思う。


それでも人が不安視するのは、統計手法もコンピュータも普通の人にはブラックボックスで、自分の力ではそれが安心できるか判断がつかないからなんだろう。ブラックボックスである、という観点でいえば、食べ物からニュース報道まで、私たちが日ごろ接しているほぼすべてのもの出どころはブラックボックスのはずなのに、それに不安を抱かくことはあまりない。


その差の原因は、単純な慣れとイメージのしやすさのように思える。ずっと当たり前にあって、おおまかに出どころがイメージできる(つもり)なら、人はそれで良しとしてしまう。安心できるかどうかという判断において、慣れていること、イメージしやすいこと、という要素が過剰に重みづけされている。そして、そうした人間の重みづけの不確かさが誤りの余地を生んで、そこにこそ絶対計算が役に立つ領域があるんだろうと思う。

2/02/2009

09/1月まとめ

勉強も読書も低調。忙しかったから、かも。

勉強
○USCPA  8.5H
○英語 2.45H



私小説 from left to right 水村美苗 ……3点
私の男 桜庭一樹 ……5点
鴨川ホルモー 万城目学 ……4点
ホルモー六景 万城目学 ……3点



マンガ
人魚の森 高橋留美子 ……4点
ちょっと江戸まで 1 津田雅美 ……3点
夏目友人帳 7 緑川ゆき ……3点


映画・DVD
・ヘブンズ・ドア ……3点
・ウォーリー ……3点
ザ・マジックアワー ……4点
悪夢探偵 ……3点
紅の豚 ……5点
ブラッド・ダイヤモンド ……4点
・演劇集団キャラメルボックス「雨と夢のあとに」 ……3点
アンガールズ単独ライブ ~88~ ……1点


舞台・展覧会
・鉄人28号 銀河劇場 ……3点
・上野の森美術館「レオナール・フジタ展」 ……3点

2/01/2009

ライト・[イン]サイト

ICCの企画展ライト・[イン]サイトにいく。タイトルの通り「光」をテーマにメディアアートが展開されている。

考えてみれば、光というのはメディアアートそのものといってもいいものかもしれない。メディアアートに限らず芸術全般において視覚は五感の中でもっとも大事な感覚。映像やCGは入力・出力の両面で光学装置を多用する。それに光は情報を伝達する媒体にもなるから、光について考えることは情報化が進む現代やさらに進んだ未来について考えることにもつながる。

中でも印象に残ったのはインゴ・ギュンターの「サンキュウ―インストゥルメント」。暗い室内で後ろからフラッシュが浴びせられると、その時の自分の影が床に焼き付いたままになって移動しても消えない、というもの。たぶん床に蓄光塗料が塗られていて、フラッシュの光のあたった部分だけが光る、というしくみなんだろう。原爆の閃光で焼き付いた影をイメージしているそうで、なにか象徴的なものを感じる。だけど、たとえそういうのを考えなくても、自分と一緒に動くはずの影がその場にとどまったままというその不思議な感覚だけでもとても新鮮だった。